慈眼院結城家御廟

こんにちは。
今この時も新型コロナウイルスと戦う医療従事者のみなさん、関係者のみなさんに敬意を表します。

さて、話は変わって・・・
少し前に、茨城県筑西市のお隣・結城市の西の宮にある住吉神社についてお伝えしたところですが、その日他にも訪れた場所があるので、ご紹します。

それはこちら、慈眼院結城家御廟↓

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結城家はもともと、筑西市に存在した下館城の城主・水谷(みずのや)氏の主君であり、目上の同盟者にあたる家です。

写真では解りにくいですが、先にご紹介した結城政勝公御影堂と同じく結城百景に選ばれていて、それを示す碑が建っています↓

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史跡 慈眼院結城家御廟(じげんいんゆうきけごびょう)
かつてこの地は、小塙・乗国寺末の福聚山慈眼院(ふくじゅさんじげんいん)という曹洞宗(そうとうしゅう)寺院の境内で、結城氏歴代の御廟としてふさわしいものでした。
戦国時代の結城家16代政勝(まさかつ)は、鎌倉時代からの名門結城家の将来を託した嫡子(ちょうし)・明朝(あきとも)に先立たれ、世の無常を感じてか、出家し、自ら大雲藤長(たいうんとうちょう)と名乗り有髪の僧となり、一五五三年(天文二二)年に慈眼院を創建しました。
御廟は、周囲に堀を構え、塚状に土を盛り、土塁(どるい)を廻らし、床面には大谷石を敷き詰め、さらに、塚全体に玉石を並べるなど、排水に細心の注意が施されています。
その中に前壇を設け、初代朝光(ともみつ)から16代政勝に加えて明朝、さらに妙仙ほか無銘の2基を含めて、20基の花崗岩製の五輪塔が図のように並んでいます。
御廟成立の時期については、次のような説があります。
(1)政勝が隠居後、各所にあった先祖の墓を移して、惣御廟(そうごびょう)を築造した。
(2)18代秀康(ひでやす)が、越前に転封するにあたり、結城家に関わる諸寺院を越前に移転するに際し、各寺院等の歴代の墓を移して、御廟を築造した。
(3)秀康の転封後、この地方を治めた代官(伊奈備前守忠次いなびぜんのかみただつぐ)が、領民懐柔策の一環として、結城氏歴代の御廟を築造した。
結城市教育委員会

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無銘の五輪塔2基(いずれか1基が政勝の子・明朝)↓

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右から第10代・満廣、12代・持朝、14代・氏廣、16代・政勝↓

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右から4代・時廣、6代・朝祐、8代・直光↓

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右から初代・朝光、2代・朝廣↓

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右から7代・直朝、5代・貞廣、3代・廣綱↓

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右から15代・政朝、13代・成朝、11代・氏朝、9代・基光↓

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右から妙仙、無銘の五輪塔

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下総国結城は、わたくし臣(しん)が住む筑西市(常陸国下館)の西隣に位置します。
結城氏は、下野国小山の豪族・小山政光の子である朝光(仁安3年1168 ~建長6年1254)が結城を名乗ったことに始まり、戦後時代末期に結城氏を継承した徳川家康の次男・秀康が越前に転封になるまで、下総国結城を治めました。
一方、下館城主の水谷(みずのや)氏は、元々は結城氏の家臣であり目下の同盟者でしたが、江戸時代初期に独立した大名となっています。

御廟の隣に建つ八尺堂↓

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案内板には「八尺堂(本尊・観音)」とありますが、中を覗いてみると2枚の額が飾られていて、観音像は見当たりませんでした↓

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なお、結城氏と水谷氏の関係については、色々と書きたいことがあるのですが、長くなる上に、まだよくわからない事がたくさんあるので、また別の機会とさせていただきます。


というわけで、慈眼院結城家御廟のご紹介でした。


結城市ホームページ