今市二報徳神社に奉納された掛樋

こんにちは。
新型コロナウイルスの感染拡大が止まりません。1日も早く事態が収束することを願っています。

さて話は変わって・・・
本日は、栃木県日光市の今市二報徳神社へお参りしてきた時のお話「二宮尊徳の墓に建つ下館藩の燈籠」の続きです。

こちらが今市報徳二宮神社です↓

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二宮尊徳(金次郎)は江戸時代末、飢饉などで荒廃した農村を救った農政家。わたくし臣(しん)が住む茨城県筑西市でも、下館藩を初始め数多くの村々が尊徳の指導(報徳仕報)により救われました。

境内に建つ尊徳像↓

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そして掛樋(かけひ)です↓

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掛樋とは、用水が川を横切ったり谷を跨ぐ時に架ける装置「とい」のこと。

この掛樋は嘉永2年(1849)、尊徳が掉ケ島村(筑西市掉ケ島)で農業用水を引くため、同村にある八幡神社の森から切り出した木をくりぬいたものです。
昭和45年、同地区の人々の手によって報徳二宮神社に奉納。
そして昨年11月、明野公民館大ホール(イル・ブリランテ)で行われた第25回全国報徳サミット筑西市大会会場で展示するため、約170年振りに筑西市に里帰りしました。

尊徳の報徳仕法により、掉ケ島村の荒廃していた農地は復興し、人口も2倍にまで増えたそうです。
筑西市にとって掛樋は、尊徳の教えを今に伝える大切な史料といえるでしょう。


というわけで、今市報徳二宮神社の掛樋のご紹介でした。


■今市報徳二宮神社
栃木県日光市今市743
TEL:0288-21-0138
受付:午前9時〜午後4時30分
※季節により変動

今市報徳二宮神社