Hatena Blog版・筑西歳時記~ここは茨城、筑西(旧下館)市

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小さな博物缶・人面土器レプリカ展示

こんにちは、みなさんお元気ですか?

さて以前、茨城県筑西市役所1階にある展示スペース「小さな博物缶」(館ではなく缶)で、筑西出身の陶芸家・板谷波山先生についての展示「板谷波山先生入門」をご紹介したところですが・・・
先日、その「小さな博物缶」を再度訪れたところ、新たな展示に更新されていました↓

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内容は、市内の女方(おざかた)遺跡から出土した人面土器(人面付壺形土器)の関連展示。人面土器は昨年末、JR水戸線川島駅前にレプリカが設置され、新聞などでも紹介されています。

今回の展示では、精巧なレプリカから小さなフィギュアまで、人面土器が勢揃いです↓

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人面土器、市内にこんなに大勢いたんですね。

こちらは、展示されていた解説文↓

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女方遺跡とは・・・
女方遺跡は、鬼怒川左岸の台地(河岸段丘)上の女方地内にあり、医学博士田中國男(当時、宇都宮病院勤務先)が昭14年(1983)から3年間かけて発掘調査を行いました。
この遺跡は、東日本で初めて弥生時代中期の再葬墓の存在が明らかにされるとともに、縄文時代弥生時代接触を知ることができた考古学会注目の遺跡です。
調査では、20四方の範囲から密集した41基の土壙(再葬墓*)及び数基の埋甕などが確認されました。なかでも、人面付壺形土器(独立行政法人東京国立博物館所蔵)の発見と弥生時代中期の墓制の解明は特筆されます。
また、太平洋戦争の戦火によって、資料等が焼失しており、田中博士が調査した地点も未だにわかっていません。今後の調査によって、田中博士の調査地点の特定、弥生時代の集落跡の発見などが期待されている遺跡でもあります。
*再葬墓とは、弥生時代の墓制で、遺体をいったん白骨化させた後、その骨を壺などに入れなおして再び埋葬した墓のことです。

女方遺跡の全景写真も載っていました↓

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以前女方遺跡(田中博士の調査地点)を探しにいった時には、女方・本田前遺跡にたどり着いてしまったので、次回はこの写真の地点を見つけに行きたいと思います。


というわけで、小さな博物缶の人面土器展示でした。

東京国立博物館

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